私が生まれた時から父は借金をかかえていて、誰にもどれだけあるか言っていない、言ってたとしても嘘の額のためわかりません。

昔はよく暴力もふるっていたため、私が小学校の2年の時に母と離婚しました。

私が高校でアルバイトができるようになると、すぐ返すから、と私の小さい時からの貯金、アルバイトで貯めた額ほぼ全額持って行き、当然のように返さない。

私が高校に入ってからしばらくして、父が勤めていた会社からリストラにあいました。

もともと高給取りでもなかったので、我が家の生活は常日頃から質素なものでしたが、勤続20年の父がまさかのリストラ。

これをきっかけに、母の究極の節約術が始まりました。我が家は父と母と、高校生の私、中学生で育ち盛りの弟の4人家族でしたが、もう弟はかわいそうでしかたなかったですね。

私が40才になりかけた時に、主人がリストラに遭い失業に追い込まれました。

元々あまり給料のいいところで働いてたわけではなかったので、貯金は殆ど無く30万円くらいしかありませんでした。

解雇という形でしたのですぐに失業保険はもらえましたが、生活をするにはぎりぎりの金額です。

結婚して1年後に主人が無職になりました。

と言ってもリストラをされたわけではなく、さらにいい条件の仕事を探すための前向きな退職でした。

退職時主人ははまだ30歳でしたし、貯金と退職金があったので、私もそれほど深刻には考えていませんでした。

今まで勤めていた会社から先輩に誘われて転職しました。

今まで勤めていた会社は飲食店で厚生年金もなく、しかも給料が求人募集の時の提示金額と全然違い生活するのにカツカツでした。

先輩に誘われた所はそれまでより給料もよく厚生年金もありちゃんと休みもありました。

しかし、初めての給料日直前の朝、会社が倒産したと上司の方から言われはじめは冗談だと思い店に行くと立ち入り禁止の張り紙がされていました。

以前働いていた会社が不況で業績が落ちていることは知っていました。

しかしまさか自分のいる部署がなくなるとは思っていなかったです。

つまり事業縮小で他の部に移るか退職するかしか選択肢がありませんでした。


他の部署は都内で、通えなくはないですが専門外の部署なのでとてもじゃないけれど勤めるのは無理です。

なのでその部署にいた全員が退職を選択しました。

3年前に仕事を辞めて、失業保険を受給していました。それまでは特に値段を気にせずに

買い物をしていましたが一気に経済状況が変わり、節約生活に突入しました。

それでも最初のころは経済感覚が変わらず、外食したり洋服を購入したり、あまつさえ旅行に行ったりしていました。

状況がわかっていなかったんですね。

当然貯金残高はどんどん減っていき、これだけは残しておきたい、という金額に近づくにつれさすがに焦ってきました。

給料日前や支払が迫ってるピンチの時って、だれにでも経験ありますよね。独身のときにあんなに自分に使っちゃったお金置いとくべきだったなぁなんて後悔していても始まらない!

子どもが上の学校に行くとき、旦那様は失業で貯金もなかったうちが、まとまったお金を、日本政策金融公庫に借りました。

入学時のスーツはボーナス払いにして、主人の長年掛けていた保険を解約して解約返礼金を利用して生活費にあてたりしました。

国民年金は、免除できるのを知らず払い続けていましたが、近い将来の年金が減らずに受けとれるなら結果オーライです。

あとは区役所にいって近くに住んでて一人暮らしの主人の母を扶養家族に入れて 控除を優遇してもらう手続きで、過去5年前にさかのぼって計算してもらい 税の節約をしたり、税務署にもいき、還付申告について教えてもらい払い過ぎた税金を返してもらったりしました。

食品の買い出しは極力行かず冷蔵庫の中を使いきることに徹しました。大変な時期を乗り越えたのは良い経験になったのは確かです。


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地元の質屋は信用度が高いので安心だと思います。売らずに、貸してくれたりもします。